ムハンマド Muhammad 2005 9 18

 連日、ニュースで伝えられる「イラクの混乱」。
しかし、こうした混乱は、昔もあったのです。
 ムハンマド(マホメット)が活躍した時代も、混乱していたのです。
宗教家であるムハンマドは、結局、軍事的な勝利によって、決着をつけたのです。
ムハンマドは、宗教家であると同時に、軍事的な英雄でした。
 しかし、これが、ある意味で、中東に戦乱が多い原因になっているかもしれません。
イスラム教では、ムハンマドは、教祖ではなく、最後の預言者となっていますが、
こうした預言者の性格や性質が、その後のイスラム教に影響していると思います。
 もちろん、イスラム教自体は、平和な宗教です。
しかし、宗教というものは、教祖(預言者)の影響が出るものです。
弟子は、教祖の行動を模倣する傾向があります。
 ルターやカルヴァンが宗教改革を起こすことによって、
キリスト教国が、近代化の幕開けとなったように、
イスラム教においても、宗教改革が起きないと、
中東の近代化は、遠いかもしれません。
 極端なことを言えば、ルターやカルヴァンの改革は、
宗教改革というよりも、新しいキリスト教を作ったようなものでした。

 ムハンマド(マホメット)は、富の独占を批判し、審判の日が近いと説きました。
この教えは、貧民層などに、燎原の火のごとく広がっていきました。
 しかし、これは、当時のメッカにおいて、
支配階級であった裕福な商人たちからは、危険思想とみなされました。
 そこで、ムハンマドは、商人たちの迫害を逃れるために、
メディナへ移住したのです。
これが、622年の「ヒジュラ(聖遷)」です。



































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